ありがとうございました
2022年も、もう1ヶ月が終わってしまい、2月になりました。
2月、如月、February、どう読んでも書いても2月は2月、ホントに早いものだとしか言いようはないですね(^^;
過ぎた1月をひと言で表すとしたら、やはりコロナに振り回された月とでもいうのでしょうか?
東京や大阪には全然及ばないものの、富山でも今年に入ってから過去最高値を更新する日が続き、県独自の警戒レベルもひとつ上がってステージ2となりました。
おかげで、先月の後半に予定されていた新年会もすべて中止となり、またつまらん日々を過ごすこととなってしまいましたヾ(・ε・。) ソンナモンダイジャナイダロ・・・
ここ2週間の発生状況です。1月22日に100人を超えたことで、24日の月曜日に警戒警報みたいなのが出されて、宴会は全て中止となったんです。もう1週間後だったら呑みに出られたのに(-_-メ)アホカ・・・
ホントに、いつになったら終わるんでしょうね?
ま、コロナじゃなくても終盤に予定されていた3つは中止せざるを得なかったんですけどね・・・
実は先月の27日の木曜日、とても悲しいお別れがひとつありました。
それは、カミさんの母(この後は義母と表記)とのお別れです。
亡くなられてからは、自宅には戻れずセレモニーホールに直行しました。これは控室の様子ですね。仏様の掛け軸が掛けられています。
何故自宅には帰らなかったのかというと、実は義母は病気(脊柱管狭窄症)で身体が全然動かせない状態でずっと入院生活をしていたんです。そのため実家には誰も住んでなくて、電気も水道もガスも止めていて帰れる状態ではなかったために、そうせざるを得なかったんです。
1月29日の新聞に案内を載せました。
実は、案内を載せるかどうかでかなり悩んだんです。というのも、コロナが流行りだして以降は、『通夜、葬儀は終了しました』という案内を葬儀終了2~3日後に掲載される人がたくさんおられたんです。
それがようやく普通に掲載する人が半分くらいになった矢先でしたので、どうしようかと迷いました。しかし先ほど書いたとおり誰も住んでいないので、後で案内を見た人が弔問に来られても挨拶をすることさえ叶わない状態だったもので、それなら先に皆さんにお知らせしましょうということで普通に通夜も葬儀も行うこととし、新聞にも掲載したということでした。
先の案内にあるように、ボクが喪主を務めました。それは、二人姉妹の姉の方と結婚した時から覚悟していたことだったんだけど、正直なところチョット疲れてしまいました。
喪主はボクの父の葬儀の時に一度経験しているのですが、その時とは違ってお参りに来ておられる親族の方とは1~2度お会いしただけで、ほとんど面識がありません。そんな方々に対して恥ずかしい間違いをやらかす訳にはいきませんから、ボクの父の時よりもさらに緊張しました(^^;
それでも、みなさんホントに快く協力してくださり、祭壇へのお供え物も親戚の数より多いんじゃないか?と思うくらいにたくさん供えてくださいました。
そんな皆さんのご協力のおかげで、通夜も葬儀も滞りなく終えることが出来ました。
義母は、昭和11年1月生まれの86歳でした。
若いころから一生懸命に働き続け、公務員の義父と結婚、そして2人の娘を授かりましたが、自身が38歳の時に義父が亡くなり、それ以降は必死に働いて二人の娘を育て、本家の長男だった義父の代わりに親戚付き合いもきちんとこなし、ようやく娘が二人とも結婚して合わせて5人の孫を持ち、やっと肩の力を抜いて暮らしていけるようになったのも束の間、今度は病気が義母を苦しめて、コロナのせいで見舞いに行くことさえ叶わず、静かに息を引き取りました。
今は、お通夜の後にお寺さまが言われた言葉、『今頃はあの世でご主人が「よく頑張ってくれたね。ありがとう」と言っておられますよ・・・』というのがせめてもの救いです。
こんなんだったら何でもっとたくさんお話して一緒の時間を過ごさなかったのか?というふうに思えてなりません。
実はこれは13年前のボクの父の時にも思ったんです。なんと進歩の無い奴なんでしょうね。
せめてこれからは、天国に行かれてからまで心配をおかけしないようにして、生きていきたいものだと思います。
セレモニーホールで流すDVDのためにカミさんが実家から持ってきた写真です。本人が一番気に入っておられたとのことです。
ちょっと湿っぽいお話となってしまいましたが、お付き合い、ありがとうございました<(_ _)>
2月、如月、February、どう読んでも書いても2月は2月、ホントに早いものだとしか言いようはないですね(^^;
過ぎた1月をひと言で表すとしたら、やはりコロナに振り回された月とでもいうのでしょうか?
東京や大阪には全然及ばないものの、富山でも今年に入ってから過去最高値を更新する日が続き、県独自の警戒レベルもひとつ上がってステージ2となりました。
おかげで、先月の後半に予定されていた新年会もすべて中止となり、またつまらん日々を過ごすこととなってしまいましたヾ(・ε・。) ソンナモンダイジャナイダロ・・・
ここ2週間の発生状況です。1月22日に100人を超えたことで、24日の月曜日に警戒警報みたいなのが出されて、宴会は全て中止となったんです。もう1週間後だったら呑みに出られたのに(-_-メ)アホカ・・・
ホントに、いつになったら終わるんでしょうね?
ま、コロナじゃなくても終盤に予定されていた3つは中止せざるを得なかったんですけどね・・・
実は先月の27日の木曜日、とても悲しいお別れがひとつありました。
それは、カミさんの母(この後は義母と表記)とのお別れです。
亡くなられてからは、自宅には戻れずセレモニーホールに直行しました。これは控室の様子ですね。仏様の掛け軸が掛けられています。
何故自宅には帰らなかったのかというと、実は義母は病気(脊柱管狭窄症)で身体が全然動かせない状態でずっと入院生活をしていたんです。そのため実家には誰も住んでなくて、電気も水道もガスも止めていて帰れる状態ではなかったために、そうせざるを得なかったんです。
1月29日の新聞に案内を載せました。
実は、案内を載せるかどうかでかなり悩んだんです。というのも、コロナが流行りだして以降は、『通夜、葬儀は終了しました』という案内を葬儀終了2~3日後に掲載される人がたくさんおられたんです。
それがようやく普通に掲載する人が半分くらいになった矢先でしたので、どうしようかと迷いました。しかし先ほど書いたとおり誰も住んでいないので、後で案内を見た人が弔問に来られても挨拶をすることさえ叶わない状態だったもので、それなら先に皆さんにお知らせしましょうということで普通に通夜も葬儀も行うこととし、新聞にも掲載したということでした。
先の案内にあるように、ボクが喪主を務めました。それは、二人姉妹の姉の方と結婚した時から覚悟していたことだったんだけど、正直なところチョット疲れてしまいました。
喪主はボクの父の葬儀の時に一度経験しているのですが、その時とは違ってお参りに来ておられる親族の方とは1~2度お会いしただけで、ほとんど面識がありません。そんな方々に対して恥ずかしい間違いをやらかす訳にはいきませんから、ボクの父の時よりもさらに緊張しました(^^;
それでも、みなさんホントに快く協力してくださり、祭壇へのお供え物も親戚の数より多いんじゃないか?と思うくらいにたくさん供えてくださいました。
そんな皆さんのご協力のおかげで、通夜も葬儀も滞りなく終えることが出来ました。
義母は、昭和11年1月生まれの86歳でした。
若いころから一生懸命に働き続け、公務員の義父と結婚、そして2人の娘を授かりましたが、自身が38歳の時に義父が亡くなり、それ以降は必死に働いて二人の娘を育て、本家の長男だった義父の代わりに親戚付き合いもきちんとこなし、ようやく娘が二人とも結婚して合わせて5人の孫を持ち、やっと肩の力を抜いて暮らしていけるようになったのも束の間、今度は病気が義母を苦しめて、コロナのせいで見舞いに行くことさえ叶わず、静かに息を引き取りました。
今は、お通夜の後にお寺さまが言われた言葉、『今頃はあの世でご主人が「よく頑張ってくれたね。ありがとう」と言っておられますよ・・・』というのがせめてもの救いです。
こんなんだったら何でもっとたくさんお話して一緒の時間を過ごさなかったのか?というふうに思えてなりません。
実はこれは13年前のボクの父の時にも思ったんです。なんと進歩の無い奴なんでしょうね。
せめてこれからは、天国に行かれてからまで心配をおかけしないようにして、生きていきたいものだと思います。
セレモニーホールで流すDVDのためにカミさんが実家から持ってきた写真です。本人が一番気に入っておられたとのことです。
ちょっと湿っぽいお話となってしまいましたが、お付き合い、ありがとうございました<(_ _)>
2022-02-02 04:00
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コメント(10)
お悔やみ申し上げます。
コロナが無ければ、もっと大勢で・・・しかし、致し方ない。
お疲れさまでした。
by たいへー (2022-02-02 06:31)
そうだったんですね・・・
お義母様のご冥福をお祈りいたします。
いろいろな想い出が溢れかえる1月末になりましたね。。。
お疲れもあおりかと思います。どうぞご自愛くださいませ。
by Rinko (2022-02-02 08:00)
心からお悔やみ申し上げます。
人ひとりにそれぞれの歴史が有り思い出が有るのですから・・・しばらくは後始末が大変でしょうが、まあボチボチと・・無理せんと。(ウチの場合は次女でしたから・・)
by OJJ (2022-02-02 09:51)
ナイスは付けられません、心からご冥福をお祈りいたします。
ペコちゃんの母上ということですね。元気付けてあげてください。
by okko (2022-02-02 10:10)
義母様のご逝去を謹んでお悔やみ申し上げます。
盛大なお葬式でお疲れだったでしょう。
by お散歩爺 (2022-02-02 12:57)
故人のご冥福をお祈り申し上げます。
コロナ過での葬儀、大変だったと思います。
お体ご自愛下さい。
by 拳客 (2022-02-02 16:11)
心からお悔やみ申し上げます。
お疲れが出ませんように。
by いろは (2022-02-02 17:13)
この度は心よりお悔やみ申し上げます
お義母様のご冥福をお祈りいたします
by さる1号 (2022-02-02 19:21)
お悔やみ申し上げます。
私も父の時には喪主を務めました。
生前の父とは私が若い頃は反発ばかりしていて、
一度も心が通じ合わなかったのですが、
晩年の父は穏やかで私も父の話をよく聞くようになりました。
でもいざ亡くなると心残りでもっと前から分かり合えるようになって、
もっともっと父の人生を知りたかったという思いで一杯でした。
孝行したくとも親はなしという諺をふと思い出したのもその時でした。
私の住む千葉県の新型コロナ感染者数は、習志野市だけで198名です。
こわくて気軽に街も歩けません。
by U3 (2022-02-05 20:17)
♪ご来訪くださいました皆さま、nice! & コメントを、ありがとうございました。
そして、たくさんのお悔やみのお言葉をいただき、ありがとうございました<(_ _)>
今回、皆さまのコメントにはひとつずつ返事を書かなければならないのかもしれませんが、なかなかうまく書けそうにありません。申し訳ありませんが、まとめでお願いいたします。
本当にありがとうございました。
by なかちゃん (2022-02-06 23:40)